MENU

第2回 ビックバンとは何か?

目次

オープニング

「宇宙は、ビッグバンという大爆発から始まった」。きっと、一度は耳にしたことのあるフレーズだと思います。その言葉を聞くと、多くの人の頭の中には、真っ暗な空間のどこかで、突然ドカーンと火花が飛び散る——そんな映像が浮かぶのではないでしょうか。ところが、そのイメージは、実はほとんど間違っている、と言ったら、驚かれるでしょうか。

前回は、宇宙138億年の壮大な旅の、全体像をお話ししました。今回はいよいよ、その記念すべき第一歩。すべての始まりである「ビッグバン」の、本当の姿に迫っていきます。結論から先に言ってしまえば、ビッグバンは、私たちが日ごろ思い描くような「爆発」ではありませんでした。では、いったい何だったのか。今日は、この一点を、とことん解き明かしていきましょう。

このシリーズを、順番にご覧いただいている方は、ぜひ前回の「宇宙カレンダー」を、思い出してみてください。今日お話しするのは、あのカレンダーの、いちばん最初——1月1日の、午前0時ちょうどに起きた出来事です。一年の物語の、まさに幕開けの瞬間。ここを正しく理解しておくことが、この先の99回すべての、土台になります。

この回を見終える頃には、あなたのビッグバンのイメージは、きっと180度、ひっくり返っているはずです。それでは、始めましょう。

それは「空間の中の爆発」ではない

まず、私たちが「爆発」と聞いて思い浮かべるものを、はっきりさせておきましょう。花火や、爆弾を想像してみてください。それらはすべて、「すでに存在している空間」の、どこか一点で起こります。中心があって、そこから、物質やエネルギーが、まわりの空間へと、勢いよく飛び散っていく。これが、私たちのよく知っている「爆発」です。

ところが、ビッグバンは、これとはまったく違うものでした。ビッグバンとは、ひとことで言えば、「空間そのものが、膨張を始めた」出来事なのです。何かが、からっぽの空間の中へ飛び散ったのではありません。そもそも、飛び散る舞台となる空間が、先に用意されていたわけでもない。空間それ自体が、あらゆる場所で、いっせいに、同時に、広がりはじめた——これが、ビッグバンの正体です。

しかも、広がったのは空間だけではありません。前回もお話ししたように、時間さえも、このとき初めて生まれました。つまり「爆発が起きた場所」も「爆発が起きた時刻」も、私たちがふだん考えるような意味では、存在しないのです。ここが、ふつうの爆発との、決定的な違いです。

ですから、「宇宙のどこでビッグバンが起きたのですか?」と問われたら、こう答えるしかありません。「宇宙の、すべての場所で、同時に起きました」と。あなたが今いる、その場所も。はるか彼方の銀河がある、あの場所も。138億年前には、すべてが同じ一点に重なり合っていて、そこから、いっせいに広がっていったのです。

宇宙に「中心」は存在しない

ここから、とても大切で、そして少し不思議な結論が導かれます。それは、「ビッグバンには中心がない」ということです。ふつうの爆発なら、必ず中心があるはずです。それなのに、宇宙の膨張には、中心と呼べる場所が、どこにも見当たらないのです。

これを実感するのに、たいへんよく使われるたとえが「風船」です。まず、しぼんだ風船の表面に、油性ペンで、たくさんの点を描いてみてください。この一つひとつの点が、銀河だと思ってください。そして、その風船に空気を吹き込んで、だんだん膨らませていきます。すると、どうなるでしょうか。どの点から見ても、まわりのすべての点が、自分から遠ざかっていくのです。

しかも、ここが肝心なところですが、風船の「表面」のどこを、どれだけ探しても、「ここが中心だ」という特別な点は、見つかりません。表面の上のすべての点が、平等に、おたがいから遠ざかっている。私たちの宇宙も、これと同じなのです。私たちの天の川銀河から見れば、まわりの銀河は遠ざかっていく。けれど、はるか彼方の銀河に住む誰かから見ても、やはり、まわりの銀河が遠ざかって見える。誰もが「自分が中心だ」と感じるのに、本当の中心は、どこにもない。それが、宇宙の膨張なのです。 ここで一つだけ、注意があります。このたとえで宇宙にあたるのは、風船の「表面」だけ、という点です。風船の中の空気や、外側の空間のことは、いったん忘れてください。私たちは三次元の世界に住んでいるので、二次元の風船の表面だけで考えるのは、少し想像力がいります。けれど、「中心が、その面の上には存在しない」という感覚だけ、つかんでいただければ、それでじゅうぶんです。

膨らんでいるのは「銀河と銀河の間」

もう一つ、わかりやすいたとえを紹介しましょう。「レーズンパン」です。パン生地の中に、レーズンをぱらぱらと混ぜ込んで、オーブンで焼いていくところを、想像してみてください。生地がふくらむにつれて、レーズンとレーズンの間隔は、どんどん広がっていきます。

ここで大事なのは、レーズンそのものが大きくなっているわけではない、ということです。膨らんでいるのは、あくまで、レーズンとレーズンの「間の生地」なのです。宇宙も、まったく同じです。銀河はレーズン、空間はパン生地。膨張しているのは、銀河そのものではなく、銀河と銀河の「間の空間」なのです。 だから、私たちの体や、地球や、太陽系や、天の川銀河そのものが、膨張とともに引き伸ばされている、ということはありません。これらは、重力や電磁気の力で、しっかりと結びついているので、宇宙の膨張に逆らって、ちゃんとまとまりを保っています。膨張が効いてくるのは、そうしたきずなが届かないほど遠く離れた、銀河と銀河の間の、広大な空間だけ。この点は、意外と誤解されやすいので、ぜひ覚えておいてください。

では、宇宙は「どこへ」膨張しているのか?

さて、ここで多くの人が、こんな疑問を抱きます。「宇宙が膨張しているなら、その外側には、広がっていく先の空間が、あるはずだ。宇宙は、いったい何の中へ、膨張しているのか?」と。とても自然な疑問です。

けれど、現代の宇宙論の答えは、少し意外なものです。宇宙は、「何か」の中へ膨張しているのでは、ありません。膨張しているのは空間そのものであって、その外側に、あらかじめ用意された「入れ物」が、あるわけではないのです。宇宙は、広がっていく先の空間を、必要としません。宇宙が膨張するとは、宇宙の中にある、あらゆる距離が、いっせいに大きくなっていく、ということなのです。 これは、私たちの直感には、とても反する話です。私たちは、何かが大きくなるとき、それが広がる「余白」があるのが当たり前だ、と感じます。しかし、宇宙の膨張は、その余白すら必要としない。「外側」という概念そのものが、宇宙には当てはまらないのかもしれない——そう考えられているのです。この不思議さこそ、宇宙の始まりが、いかに私たちの常識の外にあるかを、物語っています。

膨張の証拠 ── ハッブルの発見

では、そもそも、どうして「宇宙が膨張している」と分かったのでしょうか。その決定的な証拠を見つけたのが、1920年代に活躍した、アメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルでした。

ハッブルは、遠くの銀河を、注意深く観測していて、あることに気づきます。ほとんどすべての銀河から届く光の色が、本来あるべき色よりも、わずかに「赤いほう」へと、ずれていたのです。これは「赤方偏移」と呼ばれる現象です。

身近なたとえで言うと、救急車のサイレンに似ています。救急車が自分から遠ざかっていくとき、サイレンの音は、少し低く聞こえますよね。あの「ドップラー効果」と同じことが、光でも起こります。光を出しているものが遠ざかると、その光の色は、赤いほうへとずれていく。つまり、銀河の光が赤くずれて見えるということは、その銀河が、地球から遠ざかっている、という何よりの証拠なのです。

さらにハッブルは、もっと驚くべき法則を発見します。遠くにある銀河ほど、より速いスピードで、遠ざかっていたのです。距離が2倍の銀河は、2倍の速さで。3倍の銀河は、3倍の速さで。この、じつにきれいな比例の関係は、今では「ハッブル・ルメートルの法則」と呼ばれています。 そして、この関係こそ、宇宙全体が一様に膨張している、と考えれば、ぴたりと説明がついてしまうのです。もう一度、膨らむ風船を思い出してください。あの風船の上でも、遠くの点ほど、速く遠ざかって見えましたね。まさに、あれとまったく同じことが、本物の宇宙で観測された。これが、宇宙膨張の、動かぬ証拠となりました。

予言していた、もう一人の主役

ここで、あまり知られていない、もう一人の主役を紹介させてください。その名は、ジョルジュ・ルメートル。彼はベルギーの科学者であり、そして同時に、カトリックの司祭でもありました。

実は、ハッブルが観測でそれを確かめるより少し前に、ルメートルは、アインシュタインの理論を計算した結果から、「宇宙は膨張しているはずだ」と、理論的に予言していたのです。さらに彼は、その膨張を逆にたどれば、宇宙はかつて、一つの「原始的な原子」とでも呼ぶべき、極めて小さく凝縮した状態から始まったに違いない、とも考えました。これは、まさに、ビッグバンの先駆けとなるアイデアでした。 面白いのは、あの大科学者アインシュタイン自身が、はじめは、宇宙が膨張するという考えを、なかなか受け入れられなかった、ということです。彼はルメートルに、「あなたの計算は正しいが、その物理的な解釈は、実にひどい」と言った、とも伝えられています。それほど、「宇宙に始まりがある」という考えは、当時の常識からすれば、受け入れがたいものだったのです。今では当たり前のように語られる宇宙膨張も、多くの人の頭を悩ませた末に、ようやく認められた考えでした。

コラム:アインシュタイン、生涯最大の失敗?

宇宙膨張をめぐっては、アインシュタインにまつわる、有名なエピソードが、もう一つあります。実はアインシュタインは、自分の理論を、宇宙全体にあてはめて計算したとき、宇宙が膨張したり収縮したりして、どうしても、じっとしていられない、という結果に、頭を悩ませました。

当時は、宇宙は永遠に変わらず、静かにそこにある、というのが常識でした。そこでアインシュタインは、宇宙を静止させておくために、「宇宙定数」という、いわばブレーキ役の項を、自分の方程式に、あとから付け加えたのです。ところが、その後ハッブルによって、宇宙が実際に膨張していると分かった。宇宙は、静止などしていなかったのです。 アインシュタインは、わざわざブレーキを付け足したことを、「生涯最大の失敗だった」と、悔やんだと言われています。ところが、話は、ここで終わりません。時は流れ、宇宙の膨張が、実は「加速」していると分かったとき、そのアクセル役として、まさにあの「宇宙定数」が、思わぬ形で、復活したのです。失敗だと思われたアイデアが、数十年の時を経て、よみがえる。科学の物語は、本当に、一筋縄ではいきませんね。

時間を、逆回しにすると

さて、宇宙が膨張しているのなら、時間の針を、逆向きに回してみると、いったい何が起きるでしょうか。膨張の逆ですから、宇宙は、縮んでいきます。遠ざかっていたすべての銀河が、だんだん近づいてくる。物質は、どんどん密集していき、宇宙全体が、熱く、そして小さくなっていきます。

そして、ずっと、ずっと巻き戻していくと——やがて、すべての物質とエネルギーが、たった一点に凝縮した状態にまで、たどり着きます。この「始まりの一点」こそが、ビッグバンなのです。膨張という、今まさに目に見えている事実。それを、ただ逆算していくだけで、「宇宙には始まりがあった」という結論が、自然に導かれてくる。これが、ビッグバン理論の、いちばん大切な骨組みです。

光より速く膨張する、という謎

ここで、鋭い方は、こんな疑問を持つかもしれません。「そんなに急激に膨張したのなら、光の速さを超えてしまうのでは? 光より速いものは、ないはずでは?」と。これも、とても良い疑問です。

答えは、こうです。確かに、「物」が空間の中を移動するときには、光の速さを超えることは、できません。これは物理学の、絶対のルールです。しかし——膨張しているのは「物」ではなく、「空間そのもの」でしたね。そして、空間が広がっていく速さには、光速の制限は、当てはまらないのです。 ですから、じゅうぶん遠くにある銀河は、空間の膨張によって、光より速く、私たちから遠ざかっていく、ということも起こりえます。これは、ルールを破っているのではなく、そもそも、ルールの適用範囲の外の話なのです。「物の移動」と「空間そのものの膨張」は、まったく別ものだ——この感覚は、次回以降にお話しする、宇宙初期の「インフレーション」でも、とても大事になってきますので、ぜひ心にとめておいてください。

「ビッグバン」という名前の、愉快な皮肉

「ビッグバン」という名前にまつわる、面白いエピソードを紹介しましょう。実は、この印象的な名前を最初に口にしたのは、この理論を支持していた人では、ありませんでした。むしろ、この理論に、真っ向から反対していた科学者、フレッド・ホイルだったのです。

ホイルは、宇宙に始まりなどなく、ずっと変わらぬ姿で続いている、という「定常宇宙論」を信じていました。彼は、ライバルであるこの理論を、ラジオ番組の中で「まるで、ドカンと大きな音を立てて始まった、みたいな話だ」と、少し皮肉をこめて呼んだ、と言われています。ところが、その「ビッグバン」という響きが、あまりにキャッチーだったために、皮肉のはずが、いつのまにか、正式な名前として、すっかり定着してしまいました。 理論の名前が、その理論に反対した人によって付けられた——科学の歴史における、ちょっとした、愉快な皮肉です。そして今では、膨張の観測だけでなく、のちの回で詳しくお話しする「宇宙マイクロ波背景放射」や、宇宙にただよう水素とヘリウムの割合など、いくつもの独立した証拠が、このビッグバン理論を、がっちりと支えています。反対されながら生まれたこの理論は、今や、宇宙の始まりを説明する、もっとも確からしい土台に、なっているのです。

膨張の速さと、宇宙の年齢

宇宙が、どれくらいの速さで膨張しているのか。その割合を表す数字を「ハッブル定数」と呼びます。ざっくり言うと、326万光年ごとに、秒速およそ70キロメートルずつ、遠ざかる速さが増えていく——今の観測は、そんな値を示しています。この数字は、いわば、宇宙という時計の「進む速さ」のようなものです。

そして、この膨張の速さが分かると、とても大切なことが計算できます。それは、「宇宙の年齢」です。今の広がり方から、膨張をずっと逆算していけば、すべてが一点にあった時刻——つまり宇宙の始まりが、どれくらい昔だったのかが、分かります。その答えが、およそ138億年前。私たちがこのシリーズで、何度も口にしている「138億年」という数字は、実はこの、膨張の速さから、はじき出されたものなのです。 面白いことに、このハッブル定数を、別々の方法で測ってみると、値が少しだけ食い違う、という問題が、今まさに議論されています。宇宙は、私たちがまだ知らない何かを、隠しているのかもしれない。宇宙論は、決して「もう完成した学問」ではなく、今この瞬間も、更新され続けている、生きた学問なのです。

よくある「三つの誤解」を解く

ここで、ビッグバンについて、よく聞かれる「三つの誤解」を、まとめて解いておきましょう。どれも、とても自然な疑問ばかりです。

一つ目。「ビッグバンの、あのドカンという音は、どこかに響いたのですか?」。答えは、いいえ、です。音というのは、空気のような、振動を伝える物質があって、はじめて聞こえます。ところが、ビッグバンの舞台には、そもそも、音を伝えるための「外の空気」も、「外の空間」も、ありませんでした。だから、あの「ビッグバン」という名前に反して、そこに、いわゆる「ドカン」という音は、なかったのです。

二つ目。「宇宙が膨張しているなら、私たちの体も、少しずつ大きくなっているの?」。これも、いいえ、です。さきほどお話ししたとおり、膨張が効いてくるのは、重力のきずなが届かない、銀河と銀河の間の空間だけ。あなたの体も、地球も、太陽系も、しっかりと結びついているので、膨張に引き伸ばされることは、ありません。どうぞ、安心してください。 三つ目。「宇宙の膨張は、これからも、ずっと続くの?」。実は、これが、最大の謎の一つです。かつては、いずれ重力にブレーキがかかって、膨張は止まるだろう、と考えられていました。ところが観測の結果、驚くべきことに、宇宙の膨張は、むしろ「加速」していることが分かったのです。その加速を引き起こしている、正体不明のエネルギーは「ダークエネルギー」と呼ばれ、今なお、最先端の謎であり続けています。この話は、のちの回で、じっくり取り上げましょう。

ビッグバンを支える、もう二つの証拠

ここまで「膨張」というお話をしてきましたが、ビッグバン理論を支えているのは、それだけではありません。あと二つ、強力な証拠を、簡単に紹介しておきましょう。ビッグバン理論の、もう一つの重要な柱は、「宇宙は、昔とても熱かった」ということです。

膨張を逆回しにすると、宇宙は縮んで、どんどん熱くなる、とお話ししましたね。ということは、大昔の宇宙は、想像を絶するほど、高温だったはずです。そして、その灼熱の宇宙が放った「熱の名残り」が、今も、宇宙のあらゆる方向から、かすかな電波として、地球に降り注いでいます。これが「宇宙マイクロ波背景放射」です。1960年代に、それが偶然、発見されたことで、ビッグバン理論は、一気に、揺るぎないものになりました。この「宇宙最古の光」については、のちの回で、たっぷりとお話しします。 そして、もう一つ。宇宙にただよう元素の「割合」も、静かな、けれど強力な証拠です。宇宙にある、ふつうの物質を調べると、その約4分の3が水素、約4分の1がヘリウムで、残りのその他の元素は、ほんのわずかしかありません。実は、この「水素4に対して、ヘリウム1」という絶妙な割合こそ、生まれたばかりの、熱い宇宙で、最初の数分間に核融合が起きた、と考えると、計算でぴたりと言い当てられるのです。膨張、最初の光、そして元素の割合。まったく別々の三つの証拠が、そろって同じ結論——『宇宙には、熱く小さな始まりがあった』——を指し示している。だからこそ、ビッグバン理論は、これほどまでに、信頼されているのです。

宇宙の始まりを、私たちは「見る」ことができる

第1回で「宇宙を見ることは、過去を見ることだ」とお話ししました。これは、ビッグバンの証拠を探すうえでも、決定的に重要です。遠くを見れば見るほど、私たちは、より若い時代の宇宙を、じかに観察できるからです。

たとえば、近年活躍している最新の宇宙望遠鏡は、130億年以上も昔の、生まれたばかりの銀河の光を、実際にとらえています。つまり私たちは、ビッグバンから、そう遠くない時代の宇宙の姿を、想像ではなく、本物の光として、見ることができているのです。膨張の理論から予想される「昔の宇宙の姿」と、望遠鏡が実際にとらえる「昔の宇宙の姿」。この二つが一致するかどうかが、理論の正しさを、たえず試し続けています。 そして、遠くを見る旅の、いちばん奥の突き当たりにあるのが、あの「宇宙マイクロ波背景放射」——宇宙が晴れ上がった、38万歳の頃の光です。その先は、宇宙が霧に包まれていて、光では、もう見ることができません。「光の壁」の向こう側、宇宙のいちばん最初の姿を知るには、光とは別の手がかりが必要になります。それが何なのかは、この先の回の、大きなテーマの一つです。

私たちは、膨張する宇宙の中に生きている

少しだけ、立ち止まって考えてみてください。今この瞬間も、はるか彼方の銀河たちは、私たちから、静かに遠ざかり続けています。宇宙は、生まれた瞬間から一度も止まることなく、ずっと広がり続けているのです。私たちは、その「膨張のただ中」に、生まれ落ちた住人なのです。 そして、遠い遠い未来には、あまりに遠くの銀河は、光さえ私たちのもとに届かなくなり、夜空から、静かに姿を消していく、とも言われています。今、私たちが、これほど多くの銀河を見渡せるのは、宇宙の歴史の中でも、ある意味で、とても恵まれた時代なのかもしれません。当たり前だと思っている夜空も、実は、刻一刻と、その姿を変えている——そう思うと、今夜の星空が、少し愛おしく感じられないでしょうか。

それでも残る、最大の謎

さて、ここまで、ビッグバンが「空間そのものの膨張の始まり」であり、それを裏づける証拠が、いくつもある、というお話をしてきました。けれど、正直にお伝えしておかなければならない、大きな謎が、まだ残っています。それは、「では、その膨張は、いったいどうやって始まったのか」という問いです。 膨張を逆算していけば、始まりの一点にたどり着く。ここまでは、分かります。ところが、その「始まりの一点そのもの」が、いったいどういう状態だったのか。そして、なぜ、そこから膨張が始まったのか。ここまで来ると、今の物理学は、とたんに言葉に詰まってしまうのです。次回は、いよいよ、その謎の中心——「特異点」へと、足を踏み入れていくことになります。

まとめ

今回のポイントを、振り返りましょう。ひとつ、ビッグバンは、空間の中で起きた「爆発」ではなく、「空間そのもの」が膨張を始めた出来事である。ふたつ、だからこそ、宇宙に中心はなく、あらゆる場所が、同時に始まった。風船やレーズンパンのたとえのとおり、膨らんでいるのは、銀河と銀河の「間の空間」です。 みっつ、遠い銀河ほど速く遠ざかるという、ハッブルの発見が、宇宙膨張の、動かぬ証拠となった。そしてこの膨張を、逆回しにしていった、その果てに、すべての始まり——ビッグバンがあったのです。「爆発」という言葉のイメージを、いったん手放すこと。それが、宇宙の始まりを正しく理解するための、最初の、そして最も大切な一歩になります。

次回予告

では、その膨張を、どこまでも、どこまでも逆回しにしていくと、いったい最後には、何があるのでしょうか。理論の上では、そこにあるのは、大きさゼロ、密度も温度も無限大という、私たちの常識がまったく通用しない、あまりにも奇妙な一点。物理学者が「特異点」と呼ぶ場所です。そして、多くの人が一度は抱く、あの素朴な疑問——「ビッグバンの、前には、何があったの?」。実は、この問いそのものが、成り立たないと言われています。それは、いったい、なぜなのか。次回、『特異点の謎と時間の始まり』。時間と空間の、本当の起源に迫ります。どうぞ、お楽しみに。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

宇宙の「なぜ」を解明できないか日々真実を探し求め、新しい発見にワクワクしている。

目次